人はパンだけで生きるのではない

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フワちゃんやす子さん騒動の個人的備忘録

とりとめもないが、いくつか思うことがあったので備忘録的にメモ。

 

  • フワちゃんやす子さんには、同性のピン芸人という点以外、あまり競合イメージはなかったが、もしかしたら、フワちゃんバラシの本命やす子さんみたいなブッキングだったりが結構あったりしたのかも。

 

  • 個人的に改めて考えてみると、フワちゃんに対して特に好きも嫌いもないが、オードリーANN東京ドームでプロレス見せてくれたのと、クミさんの交友関係ということで、嫌いという感じではないな。
  • まあでもその一方、一般人に対する素行が悪いとかも聞くので、好きというわけでもない。ANN0は、東野さんや有吉さんゲスト回だけ聴いたぐらい。
  • もし降板になったら、上柳さんナレのCM聴けなくなるのだけは寂しい。

 

  • 炎上の原因として、元々フワちゃんの潜在的な好感度の低さがあった。良くも悪くもピーキー。
  • タレントたるものテレビで視聴者に嫌気もたれないよう一定の好感度が必要だが、そこが難しいところで、好感度一本だと代替性が高いタレントになってしまう。
  • 好感度を高く見せて仕事を増やすには、無難な立ち振る舞いをするのがセオリーということになるが、そんなことは割と誰でもできる。ニコニコして毒にも薬にもならないような言葉を言っていればいい。
  • でも、そこで周囲から一歩抜け出すには、多少はリスク負った立ち振る舞いで目を引く必要があるわけだが、そこは極めて極めて難しい言葉選びの匙加減が必要になってくる。
  • フワちゃんはその点かなり冒険的なスタンス(悪評は無名に勝るで、多少嫌われようが、とにかく目立って支持を得にいく)を採っていたので、今回元々フワちゃんを嫌いだった人たちが、ここぞとばかりに過失に大集合して炎上することになったのだろう。ガンダムのソーラレイの如しである。
  • もしも今回の事件がフワちゃんとやす子さんではなく、例えば木下さん渡部さん藤本さんあたりがやす子さんポジで「悲しいです」と言った場合に、フワちゃん役も別の人だったら、今回と同程度の炎上に発展しただろうか、というと疑問がある。やはり属人的な案件で、元々彼女が他の人の10倍ぐらい燃えやすい人だった。
  • 対立アングルと言えば、例えばタナvs井上みたいな構図だったら今回のワードでも成立してたように思う。そういう事前のアングルがまったくなかったので、誰にもウケるはずがなかった。

 

  • 今回のフワちゃん炎上を見ていると、100人中90人に嫌われても10人に好かれればいい、という系の安易な方法論は果たして正しいのか疑問になってくる。やはりそう単純なものではなく、深くグリップする層を少しずつ得つつ、その他に嫌われないようにもする、複雑なゲームを勝ち抜く必要がある(長期的な成功のためには)。
  • そういえばフワちゃんの支持層ってどんなんなんだろう。やはり年功序列と既存の権威を否定したい、革新的な若者がメイン支持層なんだろうか。だとすると心中複雑だろうなあ。
  • 「オジサン番組におけるサーキュレーター」という喩えはいい表現だと思った。まあでもそれなら、今後もっと高性能なサーキュレーターが出てくるのではなかろうか。

 

  • 一概に言えないらしいが、裁判員制度が厳罰化傾向にあるというのも、そうなんだろうなと思った。他責志向の強まり。

 

  • 一応自分のXアカウントをfrom指定して「死」で検索してみたが、そうした単語は使ってなかったので安心した。
  • ということで私が気になるのは、匿名性を盾に、ストレス解消目的重視で、今回のフワちゃんと同じぐらいSNSでキツめの言動をしてる人のことだ。たまに訴えられては「(色んな理由で)お金がないので払えません」泣きをするらしい人たち。そうした困った人たちを、ネット社会はどう扱っていけばいいのだろうか。
  • 私は勝手に「ストレス総量循環説」を信じているが、その説においては、呪詛ポストをまき散らす困った人たちは基本的に重めの対人ストレスを抱えており(直接的なストレスのほか、劣等感起因の間接的なストレスとか)、それを消化させるために他人への呪詛ポストという形で、他者にストレスを転移させている。
  • だからなんだというわけでも解決策もないけれど、社会からSNSを取り上げる―――のは難しいので、あらゆるSNS的サービスは、ヤフーニュースが実施したように、アカウントが発信をする場合は電話番号を必須にするなり、もっと重めに、身分証明確認でマイナンバーを必須にさせるなり、匿名性の盾を少し弱めるしかないんじゃないかと思ったりする。
  • よく言われる「言論の自由」というのは、滅多なことでは本人追跡されない、強めの匿名性前提での無責任放言を推奨するためのものではなく、ある程度誰でも(いざとなれば素性を明かされるという)アカウンタビリティを背負った状態で認められるものなんじゃあないかなと。特に、強いワードを好んで使う人は。
  • だって司法関係者も有限なのに、名誉棄損が簡単に起こせるってなってバンバンそればかりになるの、社会リソースの無駄使いですもんね。それなら最初から予防した方がいい。

 

  • フワちゃんはここからどうやったら起死回生できるか、という系のポストを何件か目にしたが、そうした自助志向ではなく、いまのフワちゃんを救えるのはやす子さんだけだろう。
  • やす子さんが「全然気にしてません」の手打ちをしてくれれば、大衆を「無関係の部外者化」できる。
  • かつてオードリー春日さんフライデー事件のときのクミさんだったり、ジャンポケ斉藤さんの奥さんもそうだった。ほかにも同様の例は多々あるが、それが最善。当事者の問題化(そして解決済)してしまうこと。それができないタイプのしくじりもあるけども。
  • でも、やす子さんにも誹謗中傷が飛んでいるらしいので、まあ難しいところだ。強いることはできない。

 

  • しかし「死んでください」「死んでほしい」「死ねばいいのに」的な罵詈雑言は、繰り返しになるが結構日常的にポストされているフレーズなように思う。
  • むしろ、当のフワちゃん本人がエゴサする中で、日常的に市井の人々から言われてたりするのではないか。
  • Xで「until:2024-08-03 "死んでください"」で検索するとごろごろヒットする。
  • ほかにもパターンは無限だ。
    • "死んでください"、"死んだ方がいい"、"死んでほしい"、"死ね"、"死ぬべき"
    • "●んでください"、"●んだ方がいい"、"●んでほしい"、"●ね"、"●ぬべき"
    • "タヒんでください"、"タヒんだ方がいい"、"タヒんでほしい"、"タヒね"、"タヒぬべき"
    • "消えてください"、"消えた方がいい"、"消えてほしい"、"消えろ"、"消えるべき"
    • "嫌い"、"殺したい"、"目にしたくない"、"いなくなってほしい"、"どこかにいってほしい"、"見たらチャンネル変える"
  • こうした強めのネガティブワード(強度のグラデーションはある)を、割と平気に躊躇なくポストする人たちが世の中の一定割合いて、そちらは無罪なのだろうか?と思うが、いつか誰かに訴えられる日まで自省することはあるまい。

 

  • そう考えると、一般人ならセーフで、芸能人ならアウトというのも不公平な話のようにも見えるのだが、結局のところ、タレント=CMという庶民の日々の買い物から元気玉のように集まった広告費で飯を食っている、という構図なので、やはりメリットデメリットはある。
  • 世間一般のデスクワークや肉体労働ではなく、広告費で飯を食う&高い収入と知名度(人間は社会的動物なので知名度は本能的に大きなメリット)も得るという選択をしたのであれば、たとえそれが本人として「才能と努力によって芸能界の座席レースを勝ち抜いた当然の対価」と思っていようが、それ相応のデメリット(制約)は享受せねばならないのかもしれない。
  • 人生なにごとも都合よく、いいとこ取りというのはできないものだ。

 

  • 逆に芸能人であっても、CMやTV出演、営業、案件動画など広告費ルーツの収入ではなく、ライブや創作物がメインの、お客さんから直接、芸事そのものを収入源としている場合は割とダメージが軽くなる(経済的には)。
  • そういう意味で、フワちゃんの「芸」に対してお金を払いたいという人は残念ながらあまりいなさそうで(これは私が知らないだけで、実はXの有料サブスクが大繁盛してたりするのかもしれないが)、タレントとしての奇抜さ(人と違う言動をする)一本では、長期的には賞味期限切れとなってしまい、時代の仇花的扱いを遅かれ早かれされてしまう運命だったのかもしれない。
  • また、同様に「テレビで気の利いたコメントをする」だけを生業にしている人(客から直で収入化できる芸を持っているわけではい人)は、どれほど瞬間的に売れっ子であっても、改めて気を引き締める必要があろう。

 

  • SNSの功罪という点で、SNSの申し子的な扱いで世に出た人が、SNSによって焼かれてるのも因果というか。

 

  • まとまりがないので最後に教訓として。
  • 日頃から無意識に心がけてはいるが、やはり改めて強めのネガティブワードは使わないようにすること(特に対象個人が明確な文脈下での)。人として品格の問題でもあるが。 
    • 「自分に正直に」「不愉快さに声を上げよう」という姿勢は、万人・全状況でオールマイティなものではないと思う。その書きかけたネガコメは、本当にポストする価値があるのか、自分の留飲を下げたいだけではないか、を自問したい。
    • 不愉快なのか自分に正直にか知らんが、それただのテメーのわがままなんじゃないの?というのも結構見るからなあ。
    • 逆に、こうした強めのネガティブワードを多用する人を見ても、相手にしないこと(彼ら彼女らは人生が辛いのだろう)。
  • たとえ、気に入らない人(私にも当然いる)がしくじったとしても、そこでこれみよがしに「昔から嫌いだった」的な、後乗りな言葉をポストしないこと(同じ穴のムジナにならない)。
  • とりあえずはこれに尽きる。
  • 自分も気をつけようと思いました、という話。